札幌の冬を、普段と違う見方でクリエイティブに
楽しむプログラム「さっぽろウインターチェンジ」も
今年で3回目を迎えます。
今回は、SIAFラボとSCARTSによる
新たな共同プロジェクトを紹介する展覧会を
開催します。
2020年、全世界を新型コロナが覆い尽くしました。世界中の多くの文化施設や催しが来場者に社会的距離を保つことを求め、オンラインに可能性を見出そうとする中、私たち、SIAFラボとSCARTSは、まったく逆とも言えるアプローチから、新たなアートプロジェクトを立ち上げました。
そのアプローチとは、屋内に留まるのではなく、積極的に野外へ出よう、それもネットにつながらないような過酷な環境へ出て、そこで芸術を考えてみよう、というものです。それは単純な逆転の発想から生まれたわけではなく、むしろ、私たちが札幌で続けてきた多くのプロジェクトに通底していた志向が、新型コロナをめぐる状況の中で急速に顕在化した結果であり、必然的に導かれたものだと言えるでしょう。高度な近代都市でありながら、北の豊かな自然に隣接する札幌で、都市文化としての「芸術」の意味をどのように受け取り、どのように価値づけるのか。札幌らしい現代の芸術とは何か。つららや除雪、成層圏気球を扱うプロジェクトを通して、それを問い続けてきた私たちにとって、もっとも包括的かつ先鋭化したアートプロジェクトが生まれました。
ビッグデータ以降の現代社会を背景とし、北の大地を舞台に展開するメディア・アート・プロジェクト「Extreme Data Logger & Radical Data Visualization」です。
この展覧会では、この新たなアートプロジェクトの基点となる「エクストリームデータロガー」という考え方を紹介すると同時に、そこから生まれるであろう作品のアイデアや試作を、「彫刻」という芸術形態や、「ホワイトキューブ」と呼ばれる美術館の展示室などを引用して展示します。
「Extreme Data Logger & Radical Data Visualization」を無理に訳すと、「極端なデータ取得装置と、根本的かつ先鋭的なデータの視覚化」といったところですが、まずは「データを取得する装置と、その視覚化」といった程度に理解しておけばよいでしょう。データを取得し、可視化するプロジェクトということです。
肝心の "Extreme" や "Radical" といった単語は、一意に日本語訳できるわけではありませんし、実は私たちもそれらの意味を完全に把握しているわけではありません。むしろ、私たちは、それらの意味を多角的に考え、深めていくことが、このプロジェクトの本質だと考えています。出発点として、私たちは、冬の札幌のような過酷な環境でデータを取得する、という意味で "Extreme"という単語を使ってはいるものの、何が過酷なのか。どう極端なのか。何に対して先鋭的で、その根本にはどんな考え方があるのか。データロガーを作ること自体は電子工作ですが、そういったことを考えながら作ることは「芸術」の範疇に入ります。
芸術とその辺縁がますます広がりを見せる中、私たちは「データ」を鍵に、厳しくも豊かな北海道の自然に囲まれた近代都市・札幌ならではの、現代における芸術のあり方を考え続けます。
+開発 / Development
極限環境でも使用可能、かつ市販のデバイスにはない固有の特徴を持ったデータロガーを設計制作します。
+データロギング / Data Logging
そのデータロガーを、除雪車、気球、海中など、様々なメディアを用いて、過酷な自然環境の中で使用することで、大量のデータを取得します。
+実体化 / Physicalization
取得した膨大なデータの実体化に関する実験と展示を行い、新たなデータ美学「The New Aesthetics of Data Logging」を探究します。
+思索実験 / Speculation
ポストパンデミック時代における、都市や人間と自然の共生と、データロガーという自然とのインターフェイスを用いた、新たな芸術表現のあり方を探ります。
個人データのプライバシーの問題や、ビッグデータによる社会行動の監視・操作など、データ、特に大量のビッグデータというと、今日なにやらネガティブなイメージがつきまとってきます。しかしその一方で、4K/8K画像のような超高解像度のディスプレイ、ハイスピードカメラのような超高速フレームレートの映像、ハイレゾ、マルチチャンネルの音響システム、巨大なオンラインデータベースとその機械学習ツールなど、大量・高速のデータとその処理システムが、新たな知覚と体験、そして思考の場を生み出していることも確かです。このプロジェクトは、そうした身の回りに溢れる大量のデータを、自分の手で得るための、データロガーを自作し、そこで得られた「パーソナル・ビッグデータ」の意味や可能性を探究します。
さらにこのマイ・データロガーを、深海から宇宙、生物から機械まで、さまざまな自然および人工極限環境の中で使用してみることで、データそのものの中に潜んでいる新たな美学を探求し、さらにはその見えない美学を視覚化や物質化してみることで、大量のデータを身体化するための、新たな方法を開発します。
新型コロナの感染拡大を受け、世界的に文化活動が停滞しています。SIAF2020も中止となった今、札幌においても美術館やコンサートホールといった屋内施設における安全な作品展示・鑑賞方法を探るだけでなく、社会的距離を保って行われる新たな芸術活動の可能性を探ることが必要です。
COVID-19については未だ議論がありますが、SARS、MERSウイルスが野生動物由来であったこと、また、その宿主と人間の距離が縮まっていることが、人間社会への感染の要因であることを知れば知るほど、SIAFのテーマが「都市と自然」だったことが思い出されます。このプロジェクトでは、ヒグマや積雪といった野生動物や自然現象と向き合ってきた歴史を持ちながら、メディアアーツ都市でもあるという、札幌の特殊な状況を踏まえながら、広大かつ過酷な自然/都市環境における、マン=ネイチャー・インターフェイス(人間と自然の接続点/橋渡し)としてのフィールド・データ・ロギングとその視覚化を通して、「都市」と「自然」各々のあり方を深く知ると同時に、ポストパンデミック時代における新たな芸術表現を試みます。
私たちが考える「Extreme Data Logger/エクストリームデータロガー 」とは、北海道・札幌の冬を含む様々な極限環境下で、芸術作品に使うことのできるデータロガーです。スマートフォンではその役割を果たすことはできません。まだ私たちも「エクストリームデータロガー」に必要なこと全てを把握しているわけではありませんが、最低限満たさなくてはならない条件は下記のようなことでしょう。
「データロガー」という言葉には厳密な定義があるわけではなく、データを格納するために使用できるあらゆる機器はデータロガーと呼ぶことができます。実際には、さまざまな電気信号を読み取り、後でパーソナルコンピュータにダウンロードするために内部メモリにデータを格納できるスタンドアローンの(パーソナルコンピュータから独立して動作する)装置を指す場合がほとんどです。
農地で土壌温度や水分量を長期間にわたって計測したり、養殖漁業で水温を監視するような環境データを収集するデータロガーだけでなく、私たちの心拍や血圧、運動量といった生体データを収集する腕時計型のウェアラブル端末なども日常にあるデータロガーです。
そのように考えると、現代の必需品となったスマートフォンもデータロガーであると言うことができます。むしろ、取得したデータが自動的にクラウドにアップロードされるような点では、スマートフォンの方が、データロガーの未来を先取りしているとも言えます。
しかし、スマートフォンは、位置情報や写真などを気軽に記録できる反面、高機能になり過ぎて高価なうえに消費電力が大きく、バッテリーがすぐに切れて長期間の使用には向いていませんし、外部との通信なしに任意のセンサーを増設するといった拡張は容易ではありません。
研究開発用からスマートフォンまで、私たちが「Extreme Data Logger」を設計していくうえで参考になる幾つかの実例を紹介します。
データロガースペック比較表(PDF)
過酷な環境のひとつに宇宙があります。宇宙にデータロガーを運ぶにはどうすればよいでしょう。ロケットに載せるという手がありますが、自分たちでロケットを作るには手間と時間がかかり、費用も大きくなります。
すでに実際に打ち上げられているJAXAのH-IIAロケットは相乗りする小型衛星を募集していますが、非常に審査基準が厳しく、気軽なDIYの域ではありません。
ロケットが難しいならば、気球はどうでしょう。
例えば、気象庁が1日2回放球する観測気球は、高度約30キロメートルで大気の状態を観測します。ジェット機が飛んでいる高度が約10キロメートルですから、その3倍の高さということになります。
一般的には、大気がほどんとなくなる約100キロメートルから上を宇宙とするので、宇宙と呼ぶにはさらに3倍の高さが必要ですが、
大気圏の区分で成層圏と呼ばれるこの高さを「宇宙の渚」と表現することからも分かるように、観測気球は、まさに「宇宙の入口」に立っています。
2017年、SIAFラボは、「ARTSAT:衛星芸術プロジェクト」とのコラボレーション、Space-Moere(宇宙モエレ)プロジェクトに取り組みました。
宇宙モエレプロジェクトは、モエレ沼公園を市民テクノロジーとしての成層圏気球によって宇宙とつなぎ、未だ見ぬ地球外知性に思いを馳せるプロジェクトです。
翌年、7月1日に放球した気球は、成層圏(約32570メートル)に到達しました。ヘリウムガスを充填したゴム気球には、パラシュートとペイロード(センサーと通信ユニット)が繋がっており、テレコーディングによるライブパフォーマンスを実現しました。
https://space-moere.org/
成層圏に到達する気球は、高高度気球、成層圏気球などと呼ばれています。近年、成層圏や中間圏から地球を見下ろすような写真や映像を撮影し、盛り上がりを見せているスペースバルーンも、GPSとカメラを搭載した高高度気球です。Extreme Data Logger & Radical Data Visualization プロジェクトでは、2022年に向けて、新たな気球のプロジェクトを具体化していきます。
Space-Moereプロジェクトのペイロード
Space-Moere(宇宙モエレ)プロジェクトで2017年7月1日に放球された成層圏気球に搭載されていたペイロード(*1)。およそ高度35キロメートルの成層圏に到達した後、パラシュートを開いて降下し、回収されました。ペイロード内部には、カメラ、環境センサーやGPS、そして地上とリアルタイムで通信するためのLoraモジュールなどを搭載した自作の回路が組み込まれています。高度35キロメートル付近では、気圧が地表気圧の約100分の1、温度は-70から-100度となり、地表とは異なる環境での動作が求められます。
SIAFラボでは、民間でも入手しやすい安価な部品を用いてペイロードを制作しました。日常の気象観測で用いられている成層圏気球に搭載し、そこから送られてくるコードを用いて行う、テレコーディング・パフォーマンスにも成功しました。気球は私たちの代わりに宇宙に行き、そこからさまざまなデータを送ってくれる分身です。
(*1)ペイロードとは、気球やロケットなどで運ばれる荷物を指す専門用語で、それを運ぶ気球やロケット、探査機などは、ヴィークルと呼ばれます。
展示会場に浮かぶ気球からの360度カメラによるストリーミング映像を配信しています。
↓現在動画処理中、公開までもうしばらくお待ちください。
過酷な環境で使うデータロガーには、実際の環境に応じた耐久性が求められるため、そのための特別なエンジニアリングが必要なだけでなく、部品選定や試験段階では、実際の環境を再現することも必要になります。
たとえば宇宙機の場合、無重力下で微小な埃が浮遊し、電子基板に付着して回路をショートさせる、飛び交う宇宙線(高エネルギーの放射線)が、集積回路をショートさせるといった事態を避けるため、集積密度の低い回路を用い、埃のないクリーンルームで組み立てますが、出来上がった宇宙機は、真空状態や無重力状態といった宇宙環境を再現した試験環境での試験を受けます。道内の試験環境としては、赤平市共和にある50メートル級無重力落下塔・コスモトーレは、国内唯一の大型落下実験施設で、落下カプセルを高さ50メートルから自由落下させて約3秒間の無重力実験環境を提供します。
私たちが作るエクストリームデータロガーの場合はどうでしょう。たとえば北海道の冬の寒さはデータロガーにとってどのくらい過酷なのでしょう。一般的に、多くの電子部品の特性は温度と共に変化することが知られています。例えば、温度が低下すると電解コンデンサの静電容量は低下します。通常の気温では大きな問題になることは少ないですが、冬の北海道のように摂氏0度を大きく下回るような環境では、電子回路全体に複合的に影響が及び、正常に動作しない、といったことも考えられます。気温が低いとスマートフォンやカメラのバッテリーがすぐに切れることは私たちはすでに知っています。では、それが一体どのくらい早いのか。どのバッテリーも同じなのか。そういった小さな情報を丁寧に集めると、エクストリームデータロガーの設計に活かすことができます。
まずは低温試験を実施できる環境を作る必要があります。北海道大学の低温科学研究所には幾つもの低温実験室があり、もっとも温度の低い超低温保存室は氷点下50度を保つことができ、南極氷床コアが保存されています。一方、北海道の屋外では、明治35年(1902年)1月25日、上川測候所(現在の旭川地方気象台)で氷点下41.0度の日本最低気温が記録されています。これらのことから、私たちは、氷点下50度を目標温度とし、身近に手に入る素材で製作できることを条件に、小型の低温実験庫の製作をしています。現時点では、発泡スチロールの箱やキッチン用品を使用し、2キログラムのドライアイスと0.5リットルのエタノールでマイナス50度を8時間以上維持することに成功しています。
自作極限環境[-50℃]
データロガーの低温環境での耐用試験を手軽に実施するために制作を進めている保冷庫。
SIAFラボのメンバーが持参した、野菜用の発泡スチロールの箱を改造して制作を進めています。容量は約42リットル。
ドライアイス2キログラムとエタノール500ミリリットルを使い、氷点下50度を8時間維持することに成功しました。容器に比較的熱伝導率の高いアルミのキッチンパッドを用い、下駄の歯状の桁で持ち上げて空気に触れる面積を大きくするなどの工夫がされています。
展示用に準備した保冷庫内部のデータロガーは、エタノールの温度と、データロガー自身の温度を計測して表示しています。庫内から伸びる4つの端子は、保冷庫の底部、中心部、上部、外部の4点に設置され、庫外のデジタル温度計を通してコンピュータでログ(履歴)を残しています。コンピュータの画面にはそのログがグラフ化されて表示されています。
監視用に360度カメラが設置できるようになっており、庫内の様子をYoutubeで見ることができます。
↓現在動画処理中、もうしばらくお待ちください。
北国・札幌に欠かせない特殊な都市機能として、「除雪」と「排雪」に注目し、札幌市雪対策室や雪堆積場の管理業者の協力のもと、リサーチや実験、試作を行なっています。
除排雪は、雪国の生活を支える社会インフラですが、それがどのように計画され、どのように行われるのか、普段の生活の中で知る機会は多くありません。
この展覧会では、普段より一歩近づいて除排雪を見つめる3つの展示物と、関連したVR動画をYouTubeで公開しています。
これらは、まだ荒削りですが、GPSによる位置情報を素材として捉えたり、iPadProに搭載されたLiDAR(Light Detection and Ranging / レーザーパルスによる測距技術)による三次元計測やインターバル撮影といった手法をベースにするなど、データロギングに関わる小さなアイデアを出発点にしたもので、最終的に作品として完成させることを目指しながら、制作の過程における新たな発見を重視した継続的な取り組みとなっています。
会場に置かれた4つの白い塊は、除雪車によって積み上げられた雪の塊を、iPad Proによる三次元計測によってデータ化し、発泡スチロールを産業用の切削機械で削って再現することで、彫刻作品(*1)に見立てたものです。 私たちは、除雪作業によって路肩に生まれる雪の形状を、積雪という自然現象と、除雪という都市機能の「あいだ」に生み出される特別なものとして捉えています。「除雪彫刻」は、そんな特別な雪の形状を、データロガーを通してとらえ、機械の手によって彫り刻んだ、現代のテクノロジーが作る具象彫刻ですが、同時に、データという本来は決まった形のないものを立体として表す抽象彫刻であるとも言えます。北国に住む私たちにとっては、見慣れたかちである「除雪の形」ですが、「データ」や「機械」、「彫刻」といった言葉とともに、暖かくニュートラルな室内(*2)で、あらためてその形を眺めてみるとき、あなたは何を思い起こすでしょう?
(*1)彫刻(ちょうこく)とは、木、石、土、金属などを彫り刻んで、立体的に制作された芸術作品のことですが、物の像を立体的に表すこと自体を彫刻と呼ぶ場合もあります。 彫刻の対象(モチーフ)は元来、人間や身近な動物など具体物でした(具象彫刻)が、20世紀になると、心象を表したもの(抽象彫刻)も多く制作されるようになりました。 現在では、表現が多様化し、従来の彫刻の概念では収まらないケースもあり、それらを「立体」、「立体アート」と呼ぶこともあるほか、表現が設置空間全体へ拡散したものは、特に「空間表現」や「インスタレーション」と呼び分けられます。
(*2) ニューヨーク近代美術館(MoMA)に代表される近代以降の美術館では、美術という制度自体の中立性を保ち、鑑賞の純粋性を求めた結果、白くて平坦(ニュートラル)な「ホワイトキューブ」と呼ばれる形式の展示室が多く採用されています。 ですが、その結果、「ホワイトキューブに置けば何でも作品に見える」という逆転現象に違和感を感じる現代美術作家も増えてきています。「除雪の形」は、白くて平坦な空間で「芸術作品」に見えるでしょうか?
札幌市雪対策室では、作業従事者の書類作成に関わる負担軽減のため、除雪車へのGPSロガー搭載による作業経路記録の自動化を進めています。SNOW PLOW TRACE は、多くの除雪車に搭載されたGPSロガーに記録された位置情報を同時に可視化することで、冬の札幌の姿が浮かび上がらせよう、という実験から始まりました。除雪は札幌に欠かせない都市機能ですが、一般的に夜中に行われることが多いこともあり、除雪作業の実態を、都市規模で知ることはありません。除雪車の軌跡によって浮かび上がる「札幌」の姿からは、どこか有機的な印象を受けます。夜になると動き出す無数の除雪車の様子は、私たちの体を外敵から守る免疫機能であるかのようにも見えてきます。
札幌市の除雪車、約100台に搭載されたGPSロガーに残された位置情報を、時間軸に沿って同時に可視化したものです。2019年の12月から2020年の3月までのデータが可視化されています。札幌市では、作業従事者の負担軽減のため、作業経路記録の自動化を目指して除雪車へのGPSロガーの搭載を進めています。
除雪によって路肩に積み上げられた雪が運び込まれる雪堆積場での作業の様子を、一定間隔で撮影し、早回しで再生して観察するものです。今年は、平地に雪を山型に堆積していく月寒東第2堆積場と、高台から谷型の地形を埋めるように雪を落としていく福井堆積場を撮影しています。札幌市は、令和2年度は市内に約75カ所の雪堆積場を開設しました。全ての雪堆積場の計画搬入量の合計は、年間約1900万立方メートル(10t ダンプ約135万台分)に及びます。一見するとダイナミックな重機の動きに目が行きがちですが、安全かつ効率的に雪を堆積する作業は、非常にシステマティックなだけでなく、雪や地形の特性を知ったうえで緻密に計画され、洗練されたものでもあります。
協力:豊平区東地区道路維持除雪業務共同企業体、北陽・北海道ロード・佐野特定共同企業体
制作:2018〜
除雪作業中の車の社内外の様子を見ることのできるVR動画を公開しています。高度な習熟が必要とされる除雪車の運転と操作ですが、その様子が私たちの目に触れることはほとんどありません。大きなブレードで雪を掻き分け、積み上げるドーザー、路面ギリギリまで雪を削ぎ落とすグレーダー、回転する刃に雪を巻き込みと、吹き上げて高く積み上げるロータリー車の3台の映像を見ることができます。
SNOW PLOW TRACE / 除雪車VR ドーザー編
SNOW PLOW TRACE / 除雪車VR グレーダー編
SNOW PLOW TRACE / 除雪車VR ロータリー編
壁に取り付けられた20個のデバイスは、マイコンボードと距離センサー、圧電スピーカー、LEDから構成されています。距離センサーは、自ら発した超音波が反射して戻ってくるまでの時間を計測することで、距離を算出しています。マイコンに書き込まれたプログラムは、計測した距離から計算して、光と音のタイミングを調整しています。
また、測った距離のデータはWiFi経由で壁の裏にあるコンピュータにも送られており、液晶ディスプレイにはそれを可視化したものが表示されています。会場に流れている音も、このデータから生成されたものです。
個々のデバイスには単純な機能しかありませんが、それらを一斉に作動させ、取得したデータを統合することで、実際に起きている出来事をより正確に知ることができます。
サウンド・プログラミング:濱 哲史
2021年1月9日、SIAFラボは「スノーシューとGPSロガーで描くモエレの雪上絵」というワークショップを行いました。参加者は、SIAFラボが設計した、汎用マイコンボード(Arduino Nano Every)を使ったGPSロガーを組み立て、自分で描いた下絵通りにモエレ沼公園を歩きました。完成した雪上絵を参加者全員で鑑賞し、感想を話し合いました。
このワークショップは、GPSロガーを組み立てるという電子工作の体験、雪上絵の下絵を描くという設計の体験、ランドマークの消えた雪のモエレ沼公園を、自分の意思と感覚を頼りに進む体験、そして、その結果を共有する体験を、一連の流れとして体験するものです。
自分の居場所をスマートフォンで正確に知ることができ、道に迷うことも少なくなった現代、スマートフォンの代わりにGPSを受信できるデバイスを自作し、スマートフォンの先にあるクラウドから切り離された状態で、自分の意思と感覚で経路を決めて歩くという体験は、日常にあるテクノロジーを批判的に見てみるというメディア・アートの態度にも似ています。参加者の声をいくつか紹介します。
2021年1月9日「スノーシューとGPSロガーで描くモエレの雪上絵」ワークショップ
映像編集:阿部優花
アメリカの美術史家ジョージ・クブラーは、1962年に『時のかたち — 事物の歴史をめぐって(The Shape of Time: Remarks on the History of Things)』を著した(日本語訳は2018年に鹿島出版会から出版された)。この本は、芸術作品を物質と概念に分けて考え、後者を重んじる表象主義(representationalism)に対して、事物そのものと対峙することで、物質と概念をもう一度結びつけることを試みた。クブラーが着目したのは、事物をつなげる「同一性」である。そしてクブラーは、その同一性が示されるパターンを「自らの肖像」——時のかたちと呼んだ。
デジタルメディアの登場によって生まれた(ニュー)メディアアートは、この物質と概念の二項関係に「データ」という新たな項を加えた。デジタルメディアの第一の原理は、あらゆる表現が数の下で等価になることにある。言い換えれば、あらゆるデジタル表現は数字列というデータに還元できる。だとすれば、クブラーが「事物に従って生み出される、事物による事物の歴史(岡崎乾二郎)」を扱おうとしたように、もうひとつの事物としての「データに従って生み出される、データによるデータの歴史」を描き出すことが可能なのではないか。
「ビッグデータ」がバズワードになり、インターネットとスマートフォンの普及によって、データは身の回りに溢れ、さらにデータによって私たち人間自身が形作られ、行動させられ、さらには感情や思考がコントロールされるようにさえなってきた。しかし同時に、データは単に吸い取られ、奪われるだけのものだけではなく、自分たちで測定し、個人レベルで収集することもできる。個人個人が、独自のセンサーやロガーを用いて、自分をつくりあげている環境のデータを取得する。そうして得られた大量のデータは、いわばパーソナルなビッグデータといえるだろう。そんな身近でありながら大量のデータを素材として、さまざまな造形や色、テクスチャーや動きを生成したとき、その大本となるデータそのものの関係や歴史は、どのように描き出されるのだろうか?
クブラーは、時空の中に数多溢れる事物を、ひとつひとつ独立したものではなく、相互に関連したまとまりとして捉えた。特にその連続的で終わりなき変化の連鎖を「シークエンス」と呼び、さまざまなシークエンスの絡まり合いに、事物の本性を見出した。データロガーから得られるデータも、計測を続けていくことによって連鎖していく数のシークエンス(数列)である。さらに、さまざまな種類のセンサーによって、同じ場所、同じ時刻から、複数のシークエンスを取得することができる。データロガーから得られた、数のシークエンスとしてのデータ複合体には、ロガーを取り巻く自然/人工環境のかたちが含まれている。そのデータ自体を観察、比較することで、そこに共通するパターンを見出すことができれば、それはデータ自らの肖像となる。
札幌という都市、北海道という自然から得られるデータ複合体には、ミクロからマクロまで、瞬間的なものから継続的なものまで、さまざまなレイヤーが重なり合っている。そこには多様なスケールのパターン——時のかたちが埋め込まれている。メディアアートというデータ環境とそのアルゴリズミックな計算から生み出される芸術表現において、データロガーはいわば人工の感覚器である。人がその身体となって、データロガーをさまざまな時間、空間に持ち運び、そこでアクティヴに作動させることで、データロガーに見える世界、聞こえる世界、感じる世界、そしてそこから得られる私たちの認識や思考も飛躍的に拡大する。